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昔から木月は墓地が多く、共同墓地であった場所に小さな庵を建て、近くに川崎大師という大寺があった為、真言宗の僧侶を導師として葬儀等を行ったと考えられています。その後、長教和上が初代の住職として布教に当たられ、脇仏として不動明王と般若菩薩を安置し、現在に至っています。
札所として、玉川八十八ヶ所の十六番目、酉歳のお地蔵様十三番として、現在多くの方々がお参りにお見えになります。また、大楽寺にはお地蔵様が多く、山門を出て五十メートルの所に地蔵堂、山門脇に水子地蔵堂、墓地入り口には六地蔵等がございます。寺宝はございませんが、約四百五十年前よりの過去帳があり、現在に至っています。
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弘法大師像
弘法大師様は、即身成仏を説かれました。それは、親から頂いた生命・この身このままで悟りを得ることです。この宇宙のあらゆる存在もまた、大日如来から、生まれています。
私たち人間ばかりでなく、生きとし生けるもの、すべてが大日如来の仏の世界から生命をいただいて、生かされているのです。この大切な生命を尊く生きて、悔いのない人生を送るよう日々精進して参りましょう。
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当寺の延命地蔵菩薩は、木造で本堂内障左室に安置されています。地蔵菩薩とは、仏陀の依頼を受け、仏滅後より弥勒菩薩の下生(現れる)する間、五十六億七万年の間、衆生を済度するといわれる菩薩で仏にかわって、人々の苦しみや悩みを取り去って下さるのだと説かれています。十二年に一度の(酉年)には「都筑・橘樹酉年地蔵尊」の御開帳があります。
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昭和五十五年に、第十九代教和和上の代に建立されました。
その裏側には「悉ク成仏ノ後ニ我モ成仏セン。モシ一人ニテモ残ラバ、我ハ成セズ」と正面に彫られた地蔵像があります。 右側面に、施主と文政四年巳(一八二一)三月と彫られています。 -
旧墓地の入り口、右側には六地蔵が安置されています。向かって左側より弁尼地蔵、護讃地蔵、破勝地蔵、不休息地蔵、延命地蔵の順です。右側から三番目のお地蔵様の台座に文九戌年(一八二六)二月、吉祥日世話人中総村方中と刻してあります。
銘に総村方中とあることから木月の四給地全部の講中の寄進と思われますが、そのうち一体は童子の没年と戒名を刻し内藤の名がありますので、(木月住吉町)の内藤家寄進と思われます。